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アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『「帝国」ロシアの地政学』 隣国ロシアの行動原理


私のロシア、ソ連についての知識の変遷を読書から追うと、『旅行者の朝食』などをはじめとする米原万里のエッセイ、『自壊する帝国』を代表とする佐藤優の作家初期の作品、そして元外交官の東郷和彦の『北方領土交渉秘録』などがあげられる。勉強不足からか、文化的な面で言えばウォッカとキャビア、政治外交については北方領土のみと知識が大変偏っていた。今回、若干背伸びをして小泉悠氏による 『「帝国」ロシアの地政学 』を手にとってみた。読み応えはあったが、あらためてロシアという国をより大局的な視点で理解をするきっかけとなり大変勉強になった。

「帝国」ロシアの地政学 (「勢力圏」で読むユーラシア戦略)

「帝国」ロシアの地政学 (「勢力圏」で読むユーラシア戦略)

  • 作者:小泉 悠
  • 出版社/メーカー: 東京堂出版
  • 発売日: 2019/06/26
  • メディア: 単行本
 

 

米原万里や佐藤優の本から、親しみやすいロシアに触れていたものの、冷戦期の西側諸国連合で育ち、教育を受けたたため、ロシアという国にはどうしても拭いきれない不信感が腹の底に、正直ある。玉音放送後に日ソ不可侵条約を犯して日本に進行を続け、北方領土を占領した卑怯な国というのは間違っていないと思うし、ウクライナ危機やクリミア紛争などのニュースに接すると武力を行使して自国の勢力の拡大に邁進する時代遅れの帝国主義という言葉が浮かんでくるし、プーチンカレンダーで人気稼ぎをするという茶目っ気はありながらも秘密警察あがりの危険な独裁大統領というイメージをプーチン大統領から拭い去ることはできない。

 

しかし、本書でソ連崩壊から分断された民族と文化を再び統合しようと試み続けてきたロシアの歴史と彼らの行動に内在する論理に触れると、日々のニュース報道や日本のマスメディアから伝わってくるものとは異なるロシア像が見えてくる。周囲を海に囲まれた日本人にとって、本書に冠されている「地政学」という言葉はアカデミックな点で理解できないくもないが、説明されずとも肌感覚でわかるというような慣れ親しんだ言葉ではない。が、ロシアの置かれた状況を理解すればするほど、「地政学」という視点抜きで彼らの政治的な決断を理解することができないことがよく分かる。

 

一つ例をあげよう。

ロシアは、世界最大の1710万平方キロメートルにも及び領域を守らねばならない。欧州正面に配備しうる兵力は、軍事力全体の一部でしかないのである。周辺を友好国と大洋で囲まれた西側諸国と異なり、ロシアの置かれた地力的条件は兵力の集中にも不向きであると言えよう。
第4章 ロシアの「勢力圏」とウクライナの危機

 海に囲まれた日本と異なり世界最大の面積を有するロシアは地続きで他国に接している面が兎に角広い。本書によるとロシア連邦軍は90万人ほどの兵力を有する(なお、日本の自衛隊は25万人)。その90万人で2万キロに及ぶ他国との国境を守るというのは大変な話である。ソ連の際はカザフスタン、ベラルーシ、ウクライナなどの緩衝国がヨーロッパ諸国との間にあったが、ソ連解体後は実質的には他国との地続きの国境が2万キロに及ぶ状態であり、地政学の観点でロシアの外交的な振る舞い(ウクライナ危機、クリミア紛争など)に大きな影響を及ぼしている。

 

地政学の視点でみると、緩衝国を挟んで西側諸国と押し合いへし合いをしてきたロシアにとっては、疑似緩衝国のような形で極東で係争中の北方領土が日本との間にあるというのは、実は非常に心地よい状況なのではないか、というのが本書を読むと見えてくる。はっきりくっきり両国間に領土という線を引くよりも、ロシア民族とそれ以外の民族が東欧周辺国に存在するように、領土、民族、外交の点でより斑模様を保って北方領土を統治するというのが、ロシアがにっこり安心できる状態だと思う。よしんば一島返還で領土問題は終結という条件を日本が飲んだとしても、米軍基地がその一島に設置される可能性がある以上、ロシアはその条件は絶対に飲まないのではないだろうか。

 

本書は、ウクライナ、シリア、バルト三国などのお馴染みの地域のみならず、北極圏までその地政学分析の範囲に含め、今まで私が想像しなかったような視点を提供してくれた。首都が遠いので、少し距離感を感じるものの、実は隣の国であるロシア。少し読み応えはあるが、隣国ロシアをより理解するために本書はすごくおすすめ。

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