Thoughts and Notes from NC

アメリカ東海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

アメリカで働いて感じる日本人の強み

家族共々アメリカに移り住み、そろそろ5年目を迎えようとしている。私はいわゆる赴任ではなく、普通のアメリカ企業の社員なので、自身のパフォーマンスや会社の業績次第で、いつクビをきられてもおかしくない。言語の壁も含めて未だに苦労は絶えないが、それでも働きと能力を認められ、米国法人入社時は一般社員だったが、今は昇進をして管理職としてチームを任されている。どうにか、アメリカでそれなりの成果を出せているのは、今迄培った経験やスキルに依るところは勿論大きいが、日本人が一般的に持ち合わせている特性の一部が差別化要因になっているのも事実こういう所は日本人の強みなんだなぁ、と私が日々の業務の中で感じていることを本エントリーでは共有したい。



働き者であり、残業を厭わない
ぶっちゃけ強みとしてどうなんだろう、という疑問もあるが、これは正直強く感じる。

今は経営陣に近いところで仕事をしているので、突発的に緊急の仕事が入ることが多い(英語でFire Drillという)。普段は私も夕方5時から6時の間に会社をでるが、たまに昼くらいに緊急の案件が入り、関係者が招集され、「悪いけど今日中!!」みたいな檄が飛ぶことは少なくない。それなりの地位であっても、こういう突発の仕事をものすごく嫌がるアメリカ人は多い。露骨に嫌な顔をして、キーボードが叩く音が5倍くらいになって、「本当に今日必要なのか?明日じゃ、どうしてダメなんだ?」と文句を言う人も結構いる。私だって残業が好きなわけではないが、残業に対する耐性はある程度鍛えられているし、会社員なんだからやらないといけないことはやらないといけないので、「ま、しょうがないじゃん(It is what it is)」みたいな感じで、粛々と取り組むのだが、「あいつはこういう状況に腹がたたないのか?」と不思議に思われることが多い

滅多にないが夜の9時くらいまでかかったりすると、周囲のアメリカ人の目は死んだ魚のようになってしまうが、そんな中「ま、毎日じゃなければいいじゃん?」みたいな感じで、平常運転していると「日本人にとって夜中の9時っていうのは、俺らにとってのスナックタイムくらいなんだろう、、、」と周りから感心される。皆がそういう風に疲弊している時に、抜群の安定感を発揮すると、全体の雰囲気もよくなることもあり、マネジメントからも同僚からも、働き者であり、残業耐性が強いという点で、一緒に働いていて頼もしいと思われているようだ。アメリカでは残業をする奴は無能と見做される、みたいな話をよく聞いていたのだが、それって都市伝説なんじゃないかと思う。



算数の能力が高い
アメリカ人の算数能力は正直言ってかなり低めだ。というか、できる人とできない人の差が激しいと言ったほうが正確か。大学の勉強でそれなりに数学を使っている場合は、日本の平均よりもかなり高いが、そういう専攻をしていない人の算数力は「えっ!?」と驚くくらい低い。うちの子供たちに聞くと、小学校を卒業する時でも九九ができない子どもが多いらしいし、「日本では二年生でみんな覚えるよ」と言ったらものすごくショックを受けるらしい。
私はファイナンスの部署で働いているのだが、驚くべきことにそういう部署にいても、「頼みますよ〜」とがっかりすることがよくある。例えば、北米、欧州、アジアパシフィックの営業一人あたりの平均売上を計算してもらって、「じゃぁ、一番下に世界全体の一人あたりの売上の平均も足しといて」とお願いしたら、3つの数字の平均を出されたことがあった(というか、これは"average of average"と名がついているくらいかなり頻繁におこる間違いである)。
「いや、それだとグローバルの数字にならないから、分母を全世界の営業の人数にして、分子を全世界の売上にして計算して」と細かに指示をだしても、「えっ、俺のやり方と何が違うの?」と聞かれ、自分の間違いをぱっと理解してもらえなく、さらに困る具体的に例を出してホワイトボードでその違いを説明しても、そうは言わないが「不思議だなぁ」みたいな表情をして、腹の底から理解をしてもらえないことが多く、しょんぼりしてしまう。
そんな感じなので、部内で投資対効果のシミュレーションモデルなどを作成して、数値の整合性がとれなくて行き詰まると私に声がかかることが多い。「すまん、どうしても数字が合わないから、ちょっと見てくれ」と言われて、一通りロジックを説明されて、すぐに「ここの数式があってないんじゃない?」と指摘して、そこを修正してぴったり数字が合うと、そうやってお前は俺たちが如何に馬鹿かということを証明して気分がいいだろう」などと(多分)冗談を飛ばされることが多い。
まぁ、日本人でも数学の得意不得意は勿論あるが、大学受験で数学を使っていれば、アメリカにきたら「あいつは数字に強いやつだ」という評価がもらえることは間違いないと思う。


批判されることに耐性があり、間違えを認めることにあまり躊躇がない
私の経験上日本人と比較すると、アメリカ人は批判されること、並びに間違えを認めることがとても苦手だ。謝ることと間違いを認めることは同義なので、何かミスをしても謝らない人は徹底して謝らないし、間違いを指摘されたり、批判的な意見を寄せられるとオーバーリアクションする人が多い。
私は、新卒でコンサルティング会社に入って、若い頃からクライアントの改革反対派の人から「この若造やっつけてやる」みたいな攻撃にさらされることが日常茶飯事だったし、外資系企業のセールスオペレーションとしてグローバルのシステムを日本展開する時に、現場の営業の人のサンドバッグになるというようなことが多かったので、提案に対して批判的な意見を浴びせられたり、非難されても、相手の言っていることが正しければ、そんなに気にならないし、どうすれば、一番いいですかね?」と、反対意見を糧にして生産的な議論を展開することが得意だ。
そういう経験を活かして「素直に間違えを認めたり、他人の視点を受け入れたりして、生産的な議論にフォーカスする」という姿勢で日々の業務と人間関係にのぞんでいるが、思った以上にアメリカで高く評価されている。これは私の体感であるが、「他の自己中な連中には死んでも間違えは認めないけど、あいつになら直に認めることができる」とか、「あいつは面倒臭くなくて本当に一緒に働きやすいやつだ」と思われていることを日々実感している。言語の壁が多少あっても「一緒に働きやすい人ランキング」みたいなものをやったら、結構上位に食い込めるのではないかと勝手に思っている。

 
以上、3点アメリカで働いて感じる日本人としての強みを共有させてもらった。私は20年以上、外資系企業で働いているが、上記のような強みを認識するようになったのは、アメリカで働き始めてからだ。本ブログの読者には外資系企業や海外プロジェクトで奮闘している方が結構多いと思うが、少しでも参考になれば。また、自分はこういうところが差別化要因としてあるという方がいれば、是非共有ください。
 

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