Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『ニューヨーク日本人教育事情』 20年以上進歩のない海外子女教育

先日、子どもの通う補習校の古本市で『ニューヨーク日本人教育事情』を購入した。補習校の古本市は年代ものの本が発掘されることが多いが、本書は1993年初版、実に20年以上前の新書である。こんな古い本を読んでも参考にはならないだろうと思いつつも、補習校の古本市はファンドレイズも兼ねているので、購入することに。が、予想に反して、海外子女の直面する課題を本書が非常に正確かつ網羅的にとらえていることに驚きを覚えた。そう、海外子女の教育が直面する多くの課題はこの20年間何も解決されていないのである。

ニューヨーク日本人教育事情 (岩波新書)

ニューヨーク日本人教育事情 (岩波新書)


本書は、現地校、補習校、日本人学校、塾の4つの章から構成され、ほぼ漏れ無く海外子女を取り巻く教育環境が説明されている。タイトルにニューヨークとうたっており、大都市固有の要素も多々あるが、海外子女の教育問題について、非常に的確にとらえている。
本エントリーの読者の中には、補習校と日本人学校の違いが分からないという方も多いと思うが、日本人学校は海外にあって平日に授業を全て日本語で実施する学校で、補習校は平日は現地校に通う子どもを対象に、基本土曜日に日本語で授業を実施する学校であり、全く異なるものだ。海外に住む子どもは、1.日本人学校に通う、2.現地校プラス補習校に通う、3.現地校のみに通う、というほぼ3パターンに分類されると考えるとわかりやすい。地域によって設置状況にばらつきがあり、私が現在住む北米では、日本人学校は3校、補習校が88校*1と補習校が中心となっている。


本書では、補習校運営上の問題として、一日教師・一日校舎、駆け足授業、生徒の日本語力のばらつき、などをあげているが、これらは20年たってもほぼ解決に向けての進展のない根深い問題である。
補習校は前述した通り、基本土曜日のみ開校する学校であるため、どの補習校も現地校の校舎並びに協会などを借用している。多くの補習校は、幼稚園から高校生が通うが、そういう幅広い年齢層が使うことを想定された施設は皆無に近い。例えば、私の子どもが通う補習校は全寮制の私立高校の校舎を借用しているが、幼稚園・低学年の生徒には椅子と机が大きすぎるためブースターシートと足をおくための踏み台を各家庭で用意してもらったり、トイレに毎土曜日早朝に踏み台を設置したりしている。
また、土曜日一日のみの学校で(しかも海外で)教員を確保するというのも至難の業だ。教員免許を持っている方も非常に少ないし、少数でありながらも学力にばらつきのある生徒に対して、週一のペースで日本と同等のペースで授業を進めるのは難易度が非常に高い。必ずしも高くない謝金で一年間の土曜勤務をコミット頂いているが、お金目当てで働いているという方は殆どいなく、海外で悪戦苦闘する子どもたちを応援したいという熱意でやって頂いている先生ばかりだ。


こういう話をすると保護者は何をしているんだ、という質問もよくされるのだが、保護者の負担も相当だ。補習校は基本保護者によって運営される学校のため、毎年保護者の代表である運営委員という係が選出され、会計管理、借用校とのやりとり、運動会・遠足のような行事の取りまとめ、図書館の運営、など諸々の学校運営をとりしきる。私は今年は運営委員長という全体のとりまとめ役をになっているが、補習校の運営に割く時間は月平均で30ー40時間ほどだ(もちろん、平日はフルタイムで本業がある)。委員以外の保護者も、やれ校舎の見回りをする学校当番とか、教室で授業の補佐をする教室当番とか、図書館で本の貸出返却対応をする図書当番とか、色々忙しい。


文科省細かな施策をうっているようであるが、20年前の著作が色褪せるような進展はみられないのが現状だ。過去50年の施策が1ページにおさまってしまうのだから仕方ない。
本書でも記載されている、永住者への教科書の無償配布は行わないとか、補習校への派遣教員が少ない(100名以上生徒がいる学校にしか派遣されず、追加の基準は生徒400名にあたり1名)とか、派遣教員の任期が2−3年と短期であるとか、根本的な課題への解決は20年間手付かずと言っても過言ではない。現場で、なかなか改善されない海外子女教育の実態の中、日本語をあきらめ、現地にまきとられていく子どもたちを目の当たりにすると、国際化をうたうのであれば、もう少しこういうところにお金をおとすべきと心の底から思う。ネイティヴ・スピーカーを英語教員として招致して週に1−2度英語の授業をしたって英語力なんてあがるわけがない。言語の壁に苦しみ、それゆえの現地校での孤独に2−3年耐え、ようやく少しづつ英語でコミュニケーションができるようになる子どもたちを目の当たりにしているから断言できる。


文科省政策分野別審議会情報などをみると海外子女の教育環境改善などは取り上げられていないので、今後も大きな改善は見込めないが、現場の視点から本ブログでも今後トピックとして取り上げていきたい。また、海外子女の状況の理解のために、本書をより多くの人に手にとって頂きたい。

*1:海外子女教育の概要 平成26年4月15日現在

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