前著「一勝九敗」は2002年11月に代表取締役社長の座を玉塚氏に引き継ぐまでの物語、本書「成功は一日で捨て去れ」は2005年9月に柳井氏が代表取締役社長に返り咲いた後の物語ととらえて、大枠で間違いはないだろう。経営に原理原則を貫き、ぶれることのない筆者の姿と、失敗をしながらも飛躍的な発展をとげる同社の成長の歴史が相交わるファーストリテイリングの成長物語という爽快感が前著にはあったが、本書は少し趣が異なる。
その違いを思い切って言えば、前著にあった爽快感は消え、大企業病と戦う筆者の悲壮感が本書には漂う。 現状を否定し、飽くなき成長を志向し続ける企業のあり方を問う、というのが本書のメイントピック。
第1章 安定志向という病
- 作者: 柳井正
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/10/15
- メディア: 単行本
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第2章 「第二創業」の悪銭苦闘
第3章 「成功」は捨て去れ
第4章 世界を相手に戦うために
第5章 次世代の経営者へ
という章立てで、ぶれない筆者の経営観が前著と同様に語られる。ただ、本書のメッセージが誰に向けられているか少しひいてみて見ると、一般に向けられているというより、ファーストリテイリング社内に向けられているような読後感を覚える。原理原則を貫く姿勢は一切衰えておらず、実体験から紡ぎ出された筆者の経営観から学ぶことは非常に多い。その一方で、高い理想を追う筆者とその期待にそうのに苦闘する社員、そういった同社の現実が本書で語られる「べき論」から透けて見える。
筆者に対する批判的な記事をウェブ界隈で見ることが最近多い。そういう噂ならびに本書を読んで感じたのは、筆者の高い視線と同社の平均的な社員の間に、指導を暴力としてしかとらえられないくらいの能力のギャップがあるのだろうなぁ、ということ。なんというか、大リーグの一流コーチが平均的な高校球児を指導したら、いくら手心を加えた指導であっても中には「殺人的なしごきをするブラックコーチ」呼ばわりする者がきっとでてくるだろう、みたいな。
上記リンク記事や本書に記載されている年頭の社員へのメッセージをみると、現場主義を貫く筆者の指導の射程範囲の広さと、ファーストリテイリングという会社のハイヤリングパワーの弱さが浮き彫りになってくる。特に後者については、同社が真のグローバル企業になるためには大きな経営課題となるだろう。
あまりポジティブな評になっていないが、決しておすすめしていないわけではない。「2005年9月に柳井氏が代表取締役社長に返り咲いた後の物語」なので、海外展開や合併買収の失敗と成功の体験が凝縮して盛り込まれているのが本書の特徴。そういった実体験に基づいた海外展開、合併買収についての筆者の経営観を学ぶことができることは本書の素晴らしいところ。前著に引き続き、そこら辺の経営書よりずっと役にたつので、前著を読んだことがある方にもない方にも、是非すすめたい一冊。