Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『ブラック・スワン降臨 9.11-3.11 インテリジェンス十年戦争』 本書自体がインテリジェンス

ブラック・スワン降臨―9・11‐3・11インテリジェンス十年戦争

ブラック・スワン降臨―9・11‐3・11インテリジェンス十年戦争

ブラック・スワン降臨 9.11-3.11 インテリジェンス十年戦争』、サブタイトルをみれば、本書が米国同時多発テロ東日本大震災という二羽のブラックスワンを描いた物語であることに気付かない人はいないだろう。語り手は、元NHKワシントン支局長手嶋龍一。『インテリジェンス 武器なき戦争』で佐藤優と共にインテリジェンスなの世界の奥の深さを世に紹介し、『ウルトラ・ダラー』では小説という形式をとったドキュメンタリーでインテリジェンスの世界を描き、作家という肩書きに恥じない筆致を見せた。本書は上述した二羽のブラックスワンという題材が、筆者のインテリジェンスに対する高い知見と華麗な筆致で描かれるという贅沢な内容となっている。


米国同時多発テロに端を発するアメリカのテロとの戦い、その重要な区切りであるビンラディン殺害のオペレーションの模様を描く所から物語はスタートする。オバマ大統領が、如何にビンラディンの潜入先を突き止め、如何に決断をし、如何にその決断を秘匿したかが、パキスタンで繰り広げられる緊迫のオペレーションと並行して語られ、冒頭から読者をぐいぐいと物語に引き込む。

そこには一国のリーダーの決断とインテリジェンスのありようが比類のない簡潔さで示されている。インテリジェンスとは、単なる極秘情報などではない。国家指導者の最終決断の拠り所となる選り抜かれた情報なのである。
ブラック・スワン降臨』 P.28

過去10年でアメリカにとって最も重要なオペレーションを取り上げ、国家におけるインテリジェンスの死活的な大切さが冒頭で強調される。


インテリジェンス戦争におけるアメリカの華麗なる勝利から物語はスタートするが、単純なアメリカ礼賛、日本批判に与しないところが手嶋龍一。次章からの展開を一言でいえば、過去十年のアメリカ・インテリジェンス敗北の歴史だ。アメリカが同時多発テロを未然に防ぐ機会を如何に逸し、どのようにテロとの戦いの深みにはまっていくかが、描かれている。読み進めるごとにひしひしと伝わるリアリティ。ここで描かれているのは、ありきたりの一般論でも、ありがちな根拠の乏しい陰謀論でもない。米国同時多発テロ発生時にNHKワシントン支局長だった筆者が持つ一次情報に基づく一級のインテリジェンスなのだ。この自らの足で獲得した一次情報とインテリジェンスに対する筆者の造詣がこの物語に独特の彩りを与え、読み応えを増幅している。


後半は、日米関係を主軸に据えた日本外交論。おそらく月刊「FACTA」での筆者の連載がベースになっていると推察される。筆者の幅広い経験と知見に基づく日本外交論は、知的刺激、読み応えにあふれる。取り上げられているトピックも普天間基地移転問題から北方領土問題まで幅広く、年間購読費13,200円の雑誌を購入しないと読めない筆者の外交観にまとめて触れることができるというのは大変お得である。 結びの「黒鳥が舞い降りた」という章では、二匹目のブラックスワンである東日本大震災が、米国同時多発テロへの米国の対応と対比しながら、インテリジェンスという切り口で語られる。

情報とは命じて集まるものではなく、リーダーの力量で磁石のように吸い寄せるものだ。
ブラック・スワン降臨』 P.233

筆者の今回の政府の対応への批判はもちろん容赦なく、そしてその適切さが故に外交や未曾有の危機対応を国に委ねる国民としての不安は増すばかりだ。



全体を通した物語としてみると、後半部はどうしても雑誌連載のつなぎ合わせという感が強く、渾然一体としてストーリーとしての完成度に満点をつけれないが、通して一気に読み進めることのできる力のある作品。本書の一番のセールスポイントは、筆者の筆致でも、外交についての深い知見でもなく、本書自体が筆者の足、ネットワークで集めたインテリジェンスとなっている点だろう。外交、インテリジェンスなどに明るくない人にもわかりやすい内容となっているので、是非多くの方に手にとって頂きたい。

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