話題のクリス・アンダーセンの『フリー <無料>からお金を生み出す新戦略』を読んだ。
- 作者: クリス・アンダーソン,小林弘人,高橋則明
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 2009/11/21
- メディア: ハードカバー
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まず、「フリーからもお金儲けはできる」というのは本書の中でなされる一貫した主張であるが、ここにまず違和感をおぼえる。言い方はキャッチーで目をひくが、「発生したコストを回収して利益をあげる」ということとの違いが私にはわからない。
本書でロンドンからバルセロナまでの航空料金を20ドル(将来的には無料にしようとしている)にし、そのかわり飲食物、優先搭乗、クレジットカード手数料、2個目以降の預かり荷物で追加料金をとる、というビジネスが紹介されているが、フライトで発生するコストの回収方法を、細分化しただけの話であって、無料でもなんでもない。
テーブルチャージをとるバーととらないバーがあるが、後者は「フリーから(椅子・テーブル・軽いつまみを無償で提供することで)お金儲けをしている」と筆者は言うのだろうか?コストコのように入店料をとる小売店と入店料などない小売店があるが、後者は「フリーから(テナント料、光熱費などのコストを顧客に無償提供することで)お金儲けをしている」と筆者は言うのだろうか?全体を通して「より消費者をひきつける価格体系はどのようなものか」という価格戦略の話が大半をしめ、目新しさは感じられない。
テクノロジーの進歩によりコスト構造が大きく転換したため、従来都度顧客にコストを転嫁しなければならなかったものが、その必要がなくなったというのは事実だし、大事な視点ではあるが、それをして「フリーからもお金儲けはできる」なんて言い方をしても本質から外れるだけだろう。
また、オープンソースを活用してビジネスをしている会社を例にとり、これを無料経済(Free Economy)と呼んでいるが、ここにも強い違和感を覚える。確かに、ハードウェアメーカーは、ソフトウェアのライセンスが無償のオープンソースソフトウェアを活用し、マイクロソフトに追加料金を払うことなく、ハードウェア・OSを一式で販売している。でも、これは一部の原材料の調達に支払いが発生しなかったということにすぎない。
これを無料経済と呼ぶのであれば、漁師が海で誰にも対価を払わず魚をとるのも無料経済だし、六甲から湧き出す水をボトルにつめてミネラルウォーターとして販売することも無料経済だし、地元の山菜を自分でとってきて夕食の一品にしている旅館だって無料経済だ。ソフトウェアの使用許諾権の対価を支払う必要がない、という非常に限定的なオープンソースの特徴をもって、無料経済の例として紹介するのは適切ではないし、無理がある。
ビジネスモデルをよく練らず、無償でウェブサービスを提供し始めたはいいが、収益源を未だ見つけられていない人にとっては、本書の言葉は耳障りがよいかもしれない。ただ、巨額な資本がなくても全世界を対象にビジネスをできることがなったということは、新規参入の障壁が下がり、競争が熾烈になるということを同時に意味する。「5%を無料(フリー)で提供して95%を買ってもらう」というビジネスから、「95%を無料(フリー)で提供して5%の人にプレミアム版を買ってもらう」というビジネスに転換したという視点は確かに面白い。ただ、小さくなった市場をより多くの人間でとりあうようになったという厳しい現実から目をそむけてはならない。確実に予想される激しい競争を前にすると「<無料>からお金を生みだす新戦略」というキャッチーなサブタイトルは私には色あせてみえる。