Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『資本主義はなぜ自壊したのか』 日本の伝統を尊重した改革の方向性

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言

中谷氏の『資本主義はなぜ自壊したのか』を読んだので書評。
筆者は、言わずと知れた日本を代表する経済学者。細川・小渕内閣の経済政策立案への関与や著作・研究活動などを通して、経済活動をマーケット・メカニズムの調整に委ねることにより経済効率の最大化をはかるという「市場原理主義」の日本社会への浸透に大きな役割を果たした人物。個人的には学生の頃に多くの教えを受け、私が外資系の実力・成果主義の社会に身を投じたのも筆者の影響が非常に大きい。
本書は、そういった日本構造改革の急先鋒である筆者の「転向」、もっと過激な言葉を使えば「懺悔」を宣言する書。「経済活動で自由競争を貫徹させ、全体のパイの最大化をはかり、その後に再配分政策を適切に実施することにより社会の厚生を最大化する」という経済原理が「新自由主義」、「市場原理主義」思想の理論的な支柱であり、筆者が長年声高に主張してきたことだったが、昨今の「グローバル資本主義」の迷走ぶりが表すとおり、この経済原理が現実社会ではうまく働いていないというのがその主張。
筆者の著作物は多いが、本書は私が学生の頃に何度も繰り返し読んだ『日本経済の歴史的転換』(あえて本エントリーでは前著と呼ぶ)と対になる一冊とみるのが妥当だろう。ここ十年の「グローバル資本主義」の光と影を見ながら、前著における筆者の主張の誤り、考慮不足にフォーカスがおかれている。

グローバル資本主義の問題の根幹とは、今やモノもカネも国境を越えて自由に羽ばたいているのに、それを制御する主体が国家単位に分散しているということにあるのだ。
『資本主義はなぜ自壊したのか』 〜終章 今こそ「モンスター」に鎖を P.360〜

という資本主義のグローバル化がもたらした機能不全については前著にない新しい視点。
経済活動が一国の中で閉じている時代においては、その国の政府が競争ルールの整備・再配分政策実施ととおしてコントロールをきかせることは可能であったが、ヒト・カネ・モノがグローバルに飛び交い、国境を越えて経済活動が活発に行われる現代においては、それをコントロールする「世界政府」が存在しない以上、「パイを最大化するための競争ルールの整備」や「生み出された富の公正な再分配」がうまく機能しないという点については、「グローバル資本主義」の本質的な問題点をついていると思う。


一方で、「戦後日本経済の活力を奪った既得権益構造の打破については正当なものであった」といいながらも、

田舎にあった小さくて便利な、村の人たちに愛された郵便局が民営化され、採算が合わないという理由で次々に廃業していくことにどれだけの意味があったのだろうか。さぞかし、日本の昔懐かしい風景がひとつ消えて、さびしい思いをした人たちが大勢いたことだろう。
『資本主義はなぜ自壊したのか』 〜第一章 なぜ、私は「転向」したのか P.59〜

と、既得権益を打破された人に対して、感傷的な同情の意を表したりする記述もあったり、主張の一貫性や納得感に欠く部分も散見され、書籍として完成度という点では前著に劣る印象を受けた。ただ、これは時機を逃さず、警告を発信するために完成度より、スピードを重視したと解釈したい。


警鐘を音を大きくするために、あえて「転向」、「懺悔」というポジションをとっているが、筆者はいたずらにアメリカの市場原理主義に追認していたわけではないことは、『日本経済の歴史的転換』における下記のまとめからもうかがえる。

日本経済の歴史的転換

日本経済の歴史的転換

日本という二〇〇〇年の歴史を持つ国の改革は容易ではないということである。日本をアメリカのような国にすることが理想的だと思われないし、歴史も文化も、国の成り立ちも異なる国が同じようになること自体ありえないことだ。日本はアメリカにもなれないし、なるべきでもない。
しかし、だからといって、日本社会の体制が先進国にふさわしいもの、国際社会みて魅力的なものに変わらなければならないという時代の要請の重みは変わらない。日本の伝統を尊重し、見極めながら、しかし、日本が世界と共存し、発展していくためには、どのようなものの考え方が必要なのか。その場合にも、日本自身が納得できる改革を目指すことこそ日本の改革を論じる場合のもっとも重要な視点であろう。
『日本経済の歴史的転換』 〜終章 日本改革のアジェンダ P.308〜

詳述は書評なので避けるが、10年前の書籍で具体的な形が示されていなかった「日本の伝統を尊重した」日本改革の方向性についての、筆者なりの熱のこもった結論が本書では示されている。そういう点で、本書は中谷ファン必読の書といえる。

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