Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

『論語』 古を求め、之を知る

論語』を読んでみた。

論語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)

論語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)

論語“というのはそもそも孔子の孫弟子、ひ孫弟子達が、自分の師から学んだ孔子の言葉を編集したものであり、本書はその“論語“の一部を引用しながら中学生、高校生でもわかるような形で解説した解説書である。


まず、解説書としての本書を評するに、原文、読み下し文、現代日本語訳の後に、筆者の解説が付されるという構成になっており、教養に浅い私でもかなり理解がし易い。原文はさておき、読み下し分は初めは読んでもよくわからないのだが、現代日本語訳を読んだ後に読み下し文を読むとじんわりとその意味や良さが伝わってくる。

子曰く、学びて思わざれば、則(すなわ)ち罔(くら)し。思いて学ばざれば、則ち(すなわ)殆(あや)うし。
老先生の教え。知識や情報を得ても思考しなければ、どう生かせばいいのか分からない。逆に思考するばかりで知識や情報がなければ、[一方的になり]独善的になってしまう。[バランスがとれていることが重要である]。
論語』 〜第一部 P.91〜

他の解説書と比べることは(読んでいないので)できないが、"論語”の入門書としては非常にはいりやすいのではないかと思う。


論語”そのものについては、私はまだまだ評論をするレベルにはないが、「迷ったり、二進も三進もいかなくなった時にたち戻るべき原理原則」が記されているという印象を持った。
「過(あやま)ちては則(すなわ)ち改むるに憚(はばか)ること勿(な)れ」
などは、その良い例と思う。


個人的に、最も感銘を受けたのが下記。

子曰く、之を道(みちび)くに政(まつりごと)を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道くに徳を以てし、之を斉(ととの)うるに礼を以てすれば、恥有りて且格(かつただ)し。
老先生の教え。行政を法制のみに依ったり、治安に刑罰のみを用いたりするのでは、民はその法制や刑罰にひっかかりさえしなければ何をしても大丈夫だとして、そのように振る舞ってなんの恥じるところもない。(しかし、その逆に、)行政を道徳に基づき、治安に世の規範を第一とすれば、心から不善を恥じて正しくなる。
論語』 〜第一部 P.58〜

制度で人を動かすことに注力しがちな外資系企業にいると、なかなか上記の言葉には深く感じ入るところがある。もちろん、「徳」だけで組織がうまく動くわけではないのだが、「政」だけでも組織は活性化しないのも事実。法制と刑罰の整備と抜け道の発掘のイタチごっこになっているアメリカのシステムの脆さを感じ始めているアメリカ人は大分多くなってきているが、「道徳と規範」という考え方にはなかなか彼らはなかなか至らないであろうことは容易に想像がつく。

子曰く、我は生まれながらにして之を知る者に非ず。古(いにしえ)を好み、敏にして以て之を求めたる者なり。
老先生の教え。(他人はいざ知らず、)この私は、生まれついたときから、ものの道理や知識がわかっていた人間ではない。古典・古制・古道が好きであり、それをすぐ学ぶことを実践し、ものの道理を求め得た人間である。
論語』 〜第二部 P.214〜

これにならいもう少し古典を勉強をしてみたい。

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