Thoughts and Notes from CA

アメリカ東海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

資本主義の有り様を考える岩瀬さんの瞬間最大風速

『ハーバードMBA留学記』を読み終えたので書評を。

ハーバードMBA留学記 資本主義の士官学校にて

ハーバードMBA留学記 資本主義の士官学校にて

ご存知”生命保険 立ち上げ日誌”の岩瀬さんがハーバード留学時に書いていたブログを書籍化したもの。良くも悪くも我々が今後付き合っていかなければならない「アメリカ型資本主義」の原点に触れた岩瀬さんの体験談や、その体験に基づく「転換をむかえつつある日本経済・経営」に対する岩瀬さんの持論が展開されている。


アマゾン・カスタマー・レビューが玉石混交なのは度々指摘される話だが、酷評派と賞賛派がこれだけ入り乱れる書籍も珍しい。エリートに対する粘着質にあふれる嫉妬心とそれを諭し客観的に評価を試みようという善意が入り混じり、活発とも不活発とも言いがたいレビュー論争が発生しているのは興味深い。良くも悪くも突っ込みどころが多く、多くの人に何かを言わしめる力が本書にはあるのだろう。

  • ブログ調で読みやすい反面、書籍としての完成度・格調に今ひとつ欠き、文章も冗長である
  • 雑多なエントリーが巧みにカテゴライズされメッセージがクリアになっている反面、コメントなどがそぎ落とされダイナミズムに欠く

など、ブログの書籍化過程におけるトレードオフが、全てのレビューに目を通すと透けてみえてくるのもこれまた興味をそそる。これは良い悪いの話ではなく、ブログを書籍化する際にどの層をターゲットとするかに大いに関係する話なので、書籍化を検討している方には参考になるだろう。


前置きが長くなったがようやく内容の話にうつる。「MBA留学記」に限らずファンド資本主義やキャリア論など多様なトピックを取り扱う本書の内容を一言で評するのはなかなか難しい。また、アマゾン・レビューが賛否両論なように、読む人によって本書の捉え方は大きく異なるだろう。本書からの学びは私は色々多かったが、あえて本書の価値を1点に絞れば、「ハーバードMBAという現代経営学の最高峰の奔流にもまれて冴え渡っている岩瀬大輔の知性が、ライブドア村上ファンド事件などを機に変容を余儀なくされた日本型資本主義について、一歩距離をおいた視点で同時代的につづった思考の形跡」に触れることができるという点なんじゃないかと思う。


同じ人間であってもおかれている環境・時期によって、その頭の冴えや回転というのは大きく変わりうる。私も過去に作成したプレゼン資料・分析資料などを見て、「おっ、この時は頭が冴えまくって入るなぁ」と我ながら感嘆することもあれば、「あぁ、こんなものを自分の名前を書いて世に送りだしたとは恥ずかしい限りだなぁ」とひっそり赤面することが時としてある。留学時の岩瀬さんというのは世界中から集まった学生と現代資本主義経営について日々討議をしながら、切磋琢磨している状態であり、資本主義の有り様を考えるための頭脳は相当冴えわたり、超高速回転できる状態にあったと想定される。そういう冴えた思考の躍動感を私は本書を読む中で何度も感じた。


そういう資本主義の有り様を考えるに最適化された岩瀬さんの頭脳でもって、まったく偶然にも同じ時代に蠢いていた日本の資本主義の変容が、本書では様々な視点で分析、考察されている。日本のメディアの非常に偏った視点だけでなく、いくつかの中身の濃いブログにおける考察と比較しても、学びは非常に大きい。語られていることが一般的で凡庸などの評も散見されたが、下記のくだりのように、バランス感覚をもって資本主義の有り様を考えることができる人がどれ程いるか私は甚だ疑問である。

バイアウト・ファンドという景気の動向に必ずしも左右されない資金の出し手が存在することによって、買い手の不在という資本市場の非効率を補うことができる。あるいは、事業売却という流動性が低いブロックトレードについても、複数ファンドが名乗りを上げることによって流動性が増し、より適正なプライシングが行われることになり、売り手にとってはより望ましい状況が達成できる。この点において、ファンドが必ずしも投資先企業を再生せず、タイミングよく投資して売却することだけでも、資本市場をより効率的にし、ひいては市場を通じた資源の効率的な配分に重要な役割を果たしていると考えるわけだ。
『ハーバードMBA留学記』 〜第5章ファンド資本主義 P.247〜

思うに、「企業は所有者たる株主の利益を最大化するように経営されるべき」という考えは、企業への資本提供者が少数であり、株式に流動性がなく、出資者がオーナーとして事業の変動の影響をもろに受ける唯一最大のステイクホルダーであるような事例において、本格的に成り立つものである。・・・<中略>
多くの株主は「企業と命運を共にするオーナー」という古典的な株主像からは離れ、「おカネ」という、現代においてはもっともありふれ、コモディティ化された資本という資産を拠出して、短期的な株価上昇によるキャピタルゲインを狙って企業に出たり入ったりするゲームの参加者に過ぎなくなっているのだ。
『ハーバードMBA留学記』 〜第5章ファンド資本主義 P.260,261〜

多くのアクティビストファンドは、「株主価値向上と企業の持続的な成長は一致する」という長期的な観点からのロジックをレトリックとして、短期的な市場の歪みをついて本来のリスクに応じた収益を超えた利益をあげようとするものだ。
『ハーバードMBA留学記』 〜第5章ファンド資本主義 P.262〜

知の体系化、主義主張の一貫性という点で評価する限りは、書籍としての完成度は確かに高いとは言いがたい。一方で、雑誌でいくつかの論考を見る感覚で、ほとばしる主張、資本主義の有り様を考える岩瀬さんの瞬間最大風速に触れることを楽しもうとすれば、勉強になる部分は多く、本書の価値はかなり高い。机にかじりついて難書を読まずとも、知的刺激をえることができるという点で、本書は非常に良書であると思う。

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