Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

「規模は力」、「官僚制度は必要不可欠」という鼻につく言葉

巨象も踊る

巨象も踊る

小さいものは美しく、大きいものは醜いという考えが正しいとされてきた。小企業は敏捷で、企業家精神に富み、反応が早く、効率的だ。大企業は鈍重で、官僚的で、反応が鈍く、効率が低い。これが今の常識である。
全くの戯言だ。
・・・<中略>大きいことはいいことなのだ。規模は力だ。幅と深みによって、巨額の投資、思い切ったリスク負担、投資の成果を根気強く持つ姿勢が可能になる
『巨象も踊る』 〜第26章 巨象は踊れないとはだれにも言わせない P.318、319〜

「小さいものは美しく、大きいものは醜いという考え」を真っ向から戯言と否定するのは珍しい。ウェブ上に限って言えば、皆無に近いといっても過言ではなく、人気エントリーになることはまずないだろう。もっとも、大企業に寄生する人がこのような考えを披露しているのであればスルーすることが無難だろうが、これが巨象を躍らせた名経営者の発言であれば一考に値する。


大分前に読んだのだが、この週末に改めて『巨象も踊る』を読み直した。IBMの前CEOルイス・ガースナーの物語。環境変化に対応できず滅び行く巨大生物「恐竜」に例えられていたIBMに、1993年にCEOとして招聘され、改革にむけて辣腕を奮い、下記のような数々の経営施策を実施し、見事IBMを復活に導いた名経営者。

  • サービスカンパニーへの転進とeビジネスの推進という戦略の構築と徹底
  • 全てを手がけることが可能な規模を持つ巨大企業でありながら選択と集中を巧みに実施
  • 製品本位から顧客本位へ、人間関係重視から業績・結果重視へなどの、企業文化の転換


歴史上に名を残す経営者は数多くいるが、IBMという一国に匹敵する規模の複雑な超巨大官僚組織をどん底から復活させたという経営者はガースナーを除いていないのではないだろうか。Googleの組織論も確かに興味深いが、「規模が足かせ」になっていた大組織を「規模は力」と言い切ることができるまでにどのように変身させたのか、巨大組織に必然的についてくる「官僚制度」と如何にがっぷり四つに組み合い、如何にそれを飼いならしたのか*1は、私にとっては同様に非常に興味深い。昨今のマイクロソフトの目を疑わんばかりの対応の悪さ*2などを見ると、企業が一定規模を超えた場合は、経営者の掛け声だけでなく、経営の仕組みとしてどのように過度の「官僚制度」を排除し、適切に「官僚制度」を活用するかが、クリティカルな経営課題であることがよくわかる。

「官僚制度」は今日、ほとんどの組織で悪い意味で使われている。だが実際には、大企業は官僚組織がなければ動かない。官僚、つまりスタッフ部門はいくつもの機能を果たしている。さまざまな性格をもつライン組織の間の調整を行う。会社全体の戦略を策定し実行して、組織内の重複、混乱、衝突を避けられるようにする。コストがかかりすぎるか、単純に必要な資源が不足しているために部門ごとに抱えるわけにはいかない高度に専門的な機能を果たす。
こうした機能はいずれも、IBMのような組織に不可欠なものだ。
・・・<中略>IBMで問題だったのは、官僚組織があったことではない。その規模と使われ方である。
・・・<中略>これらの結果、会社のあらゆるレベルにきわめて強力な官僚組織ができた。何万人ものスタッフが自部門の特徴、資源、利益を守ろうと必死になっていた。そしてそれ以外の何千人ものスタッフが、群集に秩序をもたらし、標準を守らせようと努力していた。

『巨象も踊る』 〜第21章 裏返しの世界 P.259、260、261〜

ガースナーのすごいところは、「官僚制度」を真っ向から否定するのではなく、大組織を運営するためには「官僚制度」は必要不可欠であり、それを如何に機能させるかが大企業の運営の肝であることを強く認識していたことだ。その上で、

  • 権限の分散と権限の集中のバランスを如何に適正にとるかを考え抜き、組織の再設計を実施
  • 再設計した組織に基づき、権力を既存の実力者から新たな実行者に移管
  • 再設計した権限と責任範囲に報酬制度を連動
  • 経営者自らがその変革を浸透させるべく戦い続ける

平たく言えば、「張ろうとしている縄が、組織にとってもその人の報酬の面でも如何に意味がないかを執拗なまでに強調する」ことにより、無駄な官僚機能を徹底的に排除した、とみることができる。本書の中で下記のようなエピソードが紹介されており、その徹底振りがイメージしやすい。

地域中心だった組織で顧客中心の統合を達成するのはたぶん、地域部門ごとの損益計算書の作成をやめなければ不可能だっただろう。もちろん、地域責任者の多くが憤慨した。「損益計算書がなければ、事業を管理できない」と。わたしはこう答えた。「申し訳ないが、みなさんはもはや事業を管理する立場ではなくなった。世界的に統合された顧客嗜好の組織のなかで、きわめて重要な支援機能を果たす立場になったのだ」
『巨象も踊る』 〜第21章 裏返しの世界 P.329、330〜


「規模は力、官僚制度は必要不可欠」というのは確かに鼻につく。だけど、その言葉を脊髄反射的に拒絶し、耳障りの良いGoogle組織論にだけ耳を傾けていても仕方がない。規模の増加にあわせて必然的に発生する負のパワーを如何に飼いならすかというのは、成長志向の企業は避けては通れないテーマだ。大組織と超官僚主導組織という点でサンプルとしては若干行き過ぎている感はあるが、そういう点でガースナーの英知にふれるためには本書は間違いなく良書である。


最後に下記のガースナーの言葉を引用して締めとしたい。

象が蟻より強いかどうかの問題ではない。その象がうまく踊れるかどうかの問題である。見事なステップを踏んで踊れるのであれば、蟻はダンス・フロアから逃げ出すしかない。
『巨象も踊る』 〜第26章 巨象は踊れないとはだれにも言わせない P.319〜

*1:まぁ、私の知る同社は依然として、十分に官僚制度が負に働いている感は否めないが、SOX法がこれを助長しているという感もまた否めない

*2:個人的な話だが、Windows Vistaのアップグレードの申し込みを最近したのだが、その申し込み画面のわかりにくさ、操作する側への配慮の欠落度合いと言ったら目をおおわんばかりであった

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