Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

法律をハックの対象とする芸当

id:yomoyomoさんの"自由への意思は引き継がれるか"を読んだ。不勉強でリチャード・ストールマンその人についてさほど知識はなかったのだが、最後のくだりが非常に印象に残った*1

ストールマンのような、ソフトウェアのみならず法律までもハックの対象とする芸当は他の人には期待できない。ただそれ以前に、彼が30過ぎてフリーソフトウェア運動を始める契機となったハッカー文化の衰退に対する危機感、喪失感を共有しない、はじめから恵まれたコンピュータ、ネットワーク環境を備えた世代の人間が、彼のように自由のための信念を貫き通せるのだろうかという根本的な疑問がときどき頭をもたげるのである。
"自由への意思は引き継がれるか"

「自由への信念を貫き通すためにソフトウェアのみならず、法律までハックの対象とした」というあたりにストールマンの偉大さがうかがえる。別の言い方をすれば、既存のルールを越えて法律までハックの対象とする深い懐をもってこそ、偉人たるのではないかとも言え、それは最近の私の問題意識でもある。


ビジネスというのは一定のルール(=法律)に基づいて得点(=収益)をあげるゲームに見立てることができるが、プレイヤーがプレイを通してルール変更に働きかけることができるという点でゲームとは異なる。そのルール変更そのものが時として存亡の危機の引き金になったり、足かせが外す飛躍のきっかけとなったりする。特にインターネットのような未成熟な産業については、既存のルールの中でプレイしてできることには限りがあり、新しいルールの確立にまで踏み込んで初めて偉業にまで到達する。


そんなことを考えるにいたったのは、今年に入ってから読んだ『インターネットの法と慣習』と『われ広告の鬼とならん』の下記のくだりにふれて以降。

相対する正義を掲げてルールに基づいた闘争をする中で、法を形成していくことがアメリカ人たちの法文化だといえる。
『インターネットの法と慣習』 〜第2章 権利をしっかり知っておく P.97〜

われ広告の鬼とならん―電通を世界企業にした男・吉田秀雄の生涯

われ広告の鬼とならん―電通を世界企業にした男・吉田秀雄の生涯

電通は自分だけ良ければよい、など決して考えておらぬ。どうしたら日本の広告界を良くすることができるか、どうしたらお互い業者の社会的経済的地位を高めることが出来るかということを常に考え実行している」


そこで吉田は戦時中の企業整理、広告料金の設定、手数料の改定、戦後の商業放送の創設など、次々に業績を紹介した。いずれも吉田が全力で戦って創りあげたものばかりだ。


「これで日本の広告界が良くなればお互い業者も良くなるのだ。その良くなった広告界というベースの上に立って、お互いが正しい競争、正しい努力をしてこそお互いは更によくなっていくのであって、私のお願いする協力とはこの種の活動に対する協力を意味するのであり、正しい競争や努力を否定する容易な妥協を言うのではない電通は一年三百六十五日、毎朝八時から毎晩八時まで働いています」と説明、戦前からの広告代理業十二社は「さすがに」の声をあげた。
『われ広告の鬼とならん』 〜第五章 大衆を撃つ P.311〜

後者は上記の引用だけでは少しわかりにくいが、

  • 戦前、業界標準的な広告料金の設定をすべく、電通は官に働きかけをし、その中心的な役割を果たした
  • 戦後、国営放送しか認可されていない時代に(GHQの指導)、民間ラジオ放送の設立に向けての法改正・環境整備で、電通が中心的な役割をはたした

などのように、電通の吉田秀雄は法律をハックしまくったということが、『われ広告の鬼とならん』にはこれでもかこれでもかとばかりに書かれている。


Googleはエンジニアだけでなく、腕利きの弁護士にもっとも飢えているというのはよく聞く話ではあるが、それは彼らはコードだけハックしていても突き抜けることのできない壁にすでにぶつかり、法律までハックしないと自分たちのビジョンは実現できないということをよく知っているからだ。


そんなことをつらつら考えるに、「ソフトウェアのみならず法律までもハックの対象とする芸当は他の人には期待できない。」というid:yomoyomoさんの見解は少し控えめかと感じる。社会をよりよくしようという熱意に加え、ストールマンのように法律までハックする芸当を備えてこそ、何事かをなしえる、とした方が元気が出るんではないだろうか。

*1:逆に最後のくだりへの伏線が少し弱い気がして、若干唐突感を感じたのだが、それはひとえに私のリチャード・ストールマンに対する知識不足が故だろう。

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