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ktdiskのブログ

読んだ本の感想、所々の雑感、日々のあれこれを綴るブログ。

電通『鬼十則』とWEB 2.0時代

『われ広告の鬼とならん』をちょうど読み終え、書評も書いたところで、タイミングよく磯崎さんのブログで” 電通(さん)とWeb2.0時代”というエントリーを見つけた。丁度ホットなところなので少しコメントをしてみたい。


磯崎さんのエントリーでは全体としては「電通鬼十則』はWEB 2.0時代にもフィットする」という評価がされていると思うが、これは同感だし、結論としては当然だと思う。というのも、吉田秀雄のなした偉業は、一言で言えば「時代の先駆者としての事業の創出・開拓」であり、それに向けてのいわば行動規範が電通鬼十則』であるからだ。別の言い方をすれば、電通鬼十則』は、「吉田秀雄的時代の先駆者10か条」なので、その大部分がインターネットの世界で一つの時代を築き上げようというWEB 2.0の流れにあてはまるのはもっともなことだろう。


次に、

一. 仕事は自ら「創る」べきで、与えられるべきではない。
一. 仕事とは、先手先手と「働きか掛け」て行くことで、受け身でやるものではない。
『「われ広告の鬼とならん』 〜第四章 群立と「鬼十則」 P.243〜

について、

また、この第1項と第2項をわざわざ吉田氏が分けた意味がどこにあるのか、いまひとつよく理解してないのですが、引き続き熟考させていただきたいと思います。

とのコメントがされているが、私の解釈では、第1項は「新しい事業を創りだすべし」というメッセージが強く、第2項はそのためには「常にアグレッシブに取り組む姿勢が大事なのである」という色合いが強い、という感じ。
例えば、電通は新聞広告が主流の時代に、民間ラジオ放送設立支援に注力し、ラジオ広告という新しい収益の源泉を生み出したわけだが、これは、お客様からの新聞広告出稿依頼の単なる取次ぎという「与えられた仕事」のみをするのではなく、ラジオ広告という「新しい仕事を創った」ことになる。時代の先駆者としてお客様から与えられた仕事をやるのみでなく、仕事を自ら「創る」のが電通の人間の本懐なのである、というメッセージが第1項。
また、吉田秀雄はNHKによるラジオ単一独占体系の維持というGHQの政策にも、様々な業界活動を通して民間放送設立の必要性を訴え続け、ついにその政策転換を実現するに至る。国・GHQの意向・方針に対して「受身」をとるだけでなく、積極果敢に「働きかけた」成果。よって、時代の先駆者となるためには、「受身」ではなく「働きかけていく」姿勢が大事なのである、というのが第2項のメッセージだろう。

最後に

一. 「摩擦を怖れるな」、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。
『「われ広告の鬼とならん』 〜第四章 群立と「鬼十則」 P.244〜

に対する

たぶん、日本でGoogleYouTubeと同じことをやって大成功した会社があったとしたら、今頃とっくに、東京地検特捜部のみなさんに段ボール箱を運び出されているんじゃないかと妄想する次第であります。
ということで、(もちろん、あらゆる「摩擦」を怖れずにすむ、チャレンジャーが卑屈にならなくて済む社会になっていただきたいのは当然でありますが)、(特に日本で)web2.0っぽい事業を考える場合には、これを「明らかに(大きな)摩擦が予想されるにも関わらず、それを気にするな」という意味と解するのはあまりオススメできない。

当然、どんなビジネスでも摩擦ゼロということはないですが。
戦略的には「摩擦を怖れずに済む領域」を選択し、その中での行動規範として「摩擦を怖れずに、素直に伸びてゆけ」というくらいの意味に解釈する必要があるんではないかと思いますが。

については、少し印象が異なる。上記の引用は、「東京地検リスクを考えるとエスタブリッシュメントとの摩擦のない領域を戦略的に選ぶべし」みたいに見えてしまい、如何にしてもペシミスティックすぎて元気がでない(お前の元気がでるために書いてるんじゃないよと言われれば、まぁその通りなのだが・・・)。
吉田秀雄の実施したことは、既存のルール・業界慣習に対して、「専門家として科学的な根拠」と「こっちに向かったほうが社会が絶対によくなるというビジョン」をもって、摩擦をおこしながらも、広告業界人としてルール・慣習の変更を働き続けたこと。
ちょっと脇にそれるかもしれないが、『われ広告の鬼とならん』の中に下記のような話がある。吉田秀雄が理事長をつとめる日本新聞広告同業組合の会合で、日本広告界の正しい発展、広告代理業地位向上を求める発言をしたところ、とある会社の社長から「そうはいたって、電通の通った後はぺんぺん草も生えないくらい根こそぎお客様の広告予算をかっさらってしまうので、そちらの妥協がなければそれこそ協力もなにもないですよ・・・」との趣旨の発言をしたところ、

電通は自分だけ良ければよい、など決して考えておらぬ。どうしたら日本の広告界を良くすることができるか、どうしたらお互い業者の社会的経済的地位を高めることが出来るかということを常に考え実行している」
そこで吉田は戦時中の企業整理、広告料金の設定、手数料の改定、戦後の商業放送の創設など、次々に業績を紹介した。いずれも吉田が全力で戦って創りあげたものばかりだ。
「これで日本の広告界が良くなればお互い業者も良くなるのだ。その良くなった広告界というベースの上に立って、お互いが正しい競争、正しい努力をしてこそお互いは更によくなっていくのであって、私のお願いする協力とはこの種の活動に対する協力を意味するのであり、正しい競争や努力を否定する容易な妥協を言うのではない。電通は一年三百六十五日、毎朝八時から毎晩八時まで働いています」と説明、戦前からの広告代理業十二社は「さすがに」の声をあげた。
『「われ広告の鬼とならん』 〜第五章 大衆を撃つ P.291,292〜

との回答があった。要すれば、業界発展のための悪しき慣習排除や法案整備などのことに対しては、業界内の企業が協力しあって、取り組み、是正し、その上でよりよい競争のためのインフラを構築しようではないか、ということだと思う。そこからうかがえる吉田秀雄の姿勢というのは、広告業界内で社会をよりよくするためにはどうしたらよいのかというコンセンサスをはかり、そしてそこでえたコンセンサスを実現する前に立ちはだかる摩擦には、業界全体でぶちあたって、よりよい社会を実現しようではないか、ということだと思う。
磯崎さんのエントリで想定されているご両名は、それと比較すると既存のルールの裏をかき、その仕返しで些末な既存のルールで足元を救われた。別の言い方をすれば、既存のルールの枠を抜けきらない範囲での活動しかせず、なおかつスタンドプレーが多く自社の枠に閉じこもった活動に終始していたという印象をうける。
やはり、吉田秀雄と当のご両名はレベルが少し違うように感じられる。で、いわんやこの約2名の事件をして、現代日本においては戦略的には摩擦のない領域を選ぶべし、というのは、やっぱり吉田秀雄様の「卑屈未練でまったくもってけしからぬ」と逆鱗にふれるように、『われ広告の鬼とならん』を読んだばかりの私は妄想してしまう。

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