Thoughts and Notes from CA

アメリカ西海岸の片隅から、所々の雑感、日々のあれこれ、読んだ本の感想を綴るブログ。

Googleの資本構造とガバナンスのあり方について

"Googleのアニュアルレポートはスーツ組の悲鳴?"というエントリーを勢いで書いたら、思いのほか勢いがついてアクセスがあがってしまった。
が、勢いで書いただけあり、後から色々調べるにつけ、非常に勉強不足であったことが判明。
ちょうど2年前のGoogleIPOの際に、

  • Googleの資本構造とガバナンスのあり方
  • 経営陣(特に圧倒的多数の議決権を保持する創業者)と株主の関係

についてかなりディープな議論がブログ上で展開されており、非常に勉強になったため、流れでまとめてみたい。
上記エントリーを「いやぁ、勉強になるなぁ」という感覚でてブに登録された方は特にご一読の程を。

先日のエントリーを書いた後に、"Googleの開示資料(10-K)"の"Risks Related to Ownership of our Common Stock"という項目に目を通したのだが、そこには下記の記述がされており、Googleの資本構造を理解するのに役立つ。

  • 株主への配当は行わないし、将来も行う予定はないので期待しないで欲しい
  • 株式の種類にはClass AとClass Bがあり、Class BはClass Aの10倍の議決権を持つ
  • 2005年12月31日時点で全議決権の78%を創業者、現経営陣が保持することになる
  • 特に創業者のラリーとセルゲイはClass Bの84%を所持し、これは全議決権の69%に相当する
  • 株主として会社の経営に対して影響力を持つことを期待しないで欲しいし、短期的にみたら株式価値を損なう行動を我々経営陣はとりうることを十分理解して欲しい

要するに、Googleは完全なオーナー企業であり、一般株主が株式を保持する理由は株価上昇に伴うCapital Gainをえることに限定されているので、それでもよいという方のみご購入くださいと宣言をしている。配当もしないのが特にすげーなぁと思う。株主への還元という発想はなく、Capital Gainというおこぼれにあずかりたい方はどうぞというように感じてしまう。
尚、これは2年前のIPOの際から一貫された主張であり、これに対して「傲慢だ!」と言ってもいいが、世論としては新鮮味があまりなく今更感が漂うっぽい。

今更感に負けず、私同様2年前にその手のことに関心のなかった方のために書き続ける。
Googleの創業者は"An Owner's Manual' for Google's Shareholders"なる創業者からの公開書簡をIPO時の開示資料"S-1"に含め自分たちのスタンスを明示している。
株式のオーナーズマニュアルなるものはあまり聞いたことがないが、著名な投資家であるウォーレン・バフェットのバークシャー・ハサウェイのアニュアルレポートにも"An Owner’s Manual" というくだりがあり、それにインスパイアされたらしい。
Googleのオーナーズマニュアルの骨子は下記の通り。

  • 短期的な業績向上に対する圧力下では、長期的な視点にたった経営をできず、Googleのミッションを実現できなくなる恐れがある
  • そのためにDual Class構造の資本形態をとり、実質的な会社の支配権は創業者・経営陣に集中させ、長期的な視点にたった経営を実施する
  • よってもってGoogle株式の購入は特にGoogle創業者への賭けなのである

なかなか言いよるのぉという感じだが、当時のブログ・記事などを見ると「アメリカ型四半期完結経営への挑戦」という好意的な取られかたを多くの方からされている。私も日本企業では想像もできないようなごりごりの「アメリカ型四半期完結経営」を経験したことがあるので、そこまで嫌うのもわからなくもないという気はする。
いずれにしても、ここでのポイントはGoogleの傲慢は「あとだしじゃんけん型」の傲慢ではなく、きちんとIPO時に「ゴーマニズム宣言」をした上でのものだということ。
"An Owner's Manual' for Google's Shareholders"をもっと詳しく知りたいが英語は読みたくないという方は下記が参考になる。
わが道を行くグーグルの「オーナーズマニュアル」 - CNET Japan
Web::Blogoscope: Googleの挑戦状

で、上記の申請に対して梅田さんが異議を唱えたのは有名な話。私もさらっと読んだことがあるのだが、それに対するトラックバックまではおってなかったので、今回じっくり読ませて頂いた。
英語で読むITトレンド:GoogleのIPO申請、そのやり方に異議あり
英語で読むITトレンド:GoogleのIPOに対する直観に基づく違和感

  • GoogleのIPOの仕方は才能至上主義に基づく唯我独尊的経営へ始まりである
  • リスク承知で関わった身内以外にも飛び火する公開企業の経営においては、きちんと歴史に中で形作られたガバナンスのルールをグーグルは適用すべき。
  • ジェットコースターに乗っているかのように激しく揺れ動く産業の中心に位置して、時価総額何兆円というレベルで公開した公開企業として、2人の創業者の意図でどうにでもなるという「固定的な資本構造」が経営的な構えとして十分かどうかは甚だ疑問
  • 好調の時はコーポレートガバナンス上の弱点はそれ程問題にならないが、不調に陥り想定外の荒波にもまれた時を想定し、もう少し保守的なガバナンス構造をとるのが妥当

というあたりが重要なポイントのように思う。これだけでそれなりの読み応えなのだが、コメント・トラックバックがこれまた読み応えがあるので勢いにまかせて紹介する。

梅田さんの異議に対する議論の争点として、「創業者に議決権が集中したGoogleの構造で、きちんとしたガバナンスが働くか否か」という点が重要に思うが、それに対する理解を深めるためには以下の一連のイソログシリーズが役に立つ。
isologue: Googleのコーポレートガバナンス
isologue: Googleのコーポレートガバナンス(続き)
isologue: Googleのガバナンス構造の整理
要点は下記の通り。

  • コーポレートガバナンス論では、特定の株主グループの議決権比率が高いことが理論上問題になるということはあまりない
    • 株主総会による解任という事態に至るまで経営の悪さが放置されることはまれであり、議決権の過多に限らず株主訴訟を起こすことは可能であるため、創業者の半数以上の議決権確保=小数株主により影響力はゼロというわけではない
    • 経営執行の妥当性は株主総会よりむしろ取締役会でなされるのが常
  • Googleの業務執行の妥当性の監督についてはこれ以上ないくらいゴージャスな社外取締役により、きちんとした仕組のもとなされるよう設計されている
  • Googleの資本構造は、「創業者の意のまま」を意図したというより、買収対抗策としての色合いが強く、米国では比較的よく用いられる考え方の延長線上で理解可能

また、下記のような実務経験に基づいたコメントもあり、大変参考になる。

  • 一般にIPO時の開示資料では「適合性の原則(Suitability Rule)」(に関わる訴訟)を考慮して「こういうリスクもああいうリスクもあるよ(それでも株買いたいなら買え)」的な表現に傾きがち
  • 経営者の持株比率が低いために「本業」以外の(買収への対抗作業を含む)フィナンシャルな雑事に大きな労力を割かれて苦労しているベンチャー企業の経営者を多く見かけるためこのやり方はそれはそれであり

もうお腹一杯感もあるが、Dual Class構造について下記の2つのエントリーで解説もなされており、ここまでの内容を理解した人にはこれまた必読。
isologue: GoogleのDual Class構造(illustrated)
isologue: Dual Class株式の研究(カナダのケース)
この間この方は仕事をしていたのだろうかと心配になる程の充実ぶりだが、下記のようなご飯お替り感覚で、これだけ中身の濃いエントリーを書かれているようなので心の底から凄いと思う。

しかし、このGoogleの開示資料[S-1]というのは、回鍋肉(ホイコーロー)というか四川風本格麻婆豆腐というか、一皿でごはん4杯5杯は軽く行けてしまうくらい味が濃いですなあ。

Googleの資本構造は、株式持合いにより、買収による経営権の剥奪・短期的な利益目標実現へのプレッシャーから解放された状態で、長期的な経営を実施するという日本の高度成長を支えた日本的経営を、現在のアメリカに適用しなおしたという指摘もあり、これまた興味深い。
長期的な経営が志向できる反面、所有と経営が分離していないため、経営者に対するガバナンスがあまり利かないといういわゆる日本的経営の悪い面に対する懸念がGoogleの今回の資本構造への非難に直接あてはまると理解できる。
あまり詳述はされていないが、興味のある方は下記参照。
"GoogleのIPO申請、そのやり方に異議あり" へのコメント
個人投資家の独り言: グーグルの尊大な実験

<このエントリーのまとめ>

「で、どうなの」といきたいのだが、以上キャッチアップするので精一杯で今時点で「Googleの資本構造とガバナンスのあり方について」結論付けるのは私の力量では難しい。
また、グーグルのアニュアルレポートがスーツ組みの悲鳴なのかどうかについては、IPO時の開示資料"S-1"にも"Googleの開示資料(10-K)"と殆ど同内容の"Risk Factor"が記載されており、単なるリスクヘッジとしてあれもあるよ、これもあるよと書いてあるだけなのかいまいち真意がはかりかねる(記載内容については依然として多いに違和感を感じるが・・・)。
いずれにしても、「中国問題」、「Google八分」、「アドセンス狩り」というそれぞれの話は上記のGoogleのパブリックカンパニーとして出発点・生い立ちをきちんと理解した上で議論すべきなのだなぁということを、これまた今更ながら痛感することができた。
ここまで長く書いといてまとめないのかよ!という声もあるかと思うが、Casual Thoughtと銘打っているゆえんなので、今後の当ブログの質アップに乞うご期待ということで勘弁願いたい。

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